ヤスヲの部屋

カレー、デニム、スニーカー、etc...

オリジナル小説を書きました。

 

プロローグ

 

昼休みの鐘が鳴った。作業を中断し、ジャケットを羽織り、そそくさと席を立つ。僕はいつも昼食は外で食べると決めており、特に誘いが無ければその日の気分で店を選ぶことにしている。

 

しかし最近は週に3、4回は同じ店に通っている。オフィスビルを出て、大通りを挟んだ向かいにある牛丼チェーン、松屋だ。

 

信号が青になり、横断歩道を渡る。同じく松屋に向かうように歩いているサラリーマンが早足で追い抜かそうとしてくる。よほど腹が減っているのだろうが、僕だって先を譲りたくない。歩調を早め、なんとか抜かされずに自動ドアをくぐった。

 

店内に入るとまず、券売機でメニューを選ぶ。牛丼はもちろん、カレーや定食などメニューが充実しており、毎日来たって僕を飽きさせない。

 

それでも何回も来ると大体選ぶメニューは収束するもので、最近は決まって一番シンプルで安価なプレミアム牛めしを好んで食べている。

 

そうだな、今日はネギ玉にするか、いやアタマの大盛りにしてみるか、などと考えていると、後ろで待っているサラリーマンが苛立たしそうに足踏みをしている。慌てて開いていたページのプレミアム牛めしのアタマの大盛りを選択し、支払いを済ませる。券を取り、サーバーからコップに冷たいお茶を入れ、とりあえず辺りを見回す。

 

窓際の席。いた。間違いない、彼女だ。

 

彼女は、いつも窓際の席に座り、いつもカレーを食べている。他のメニューを食べているところはほとんど見たことはなく、あるとしてもせいぜいカレギュウ(カレーに牛肉が乗っているメニュー)くらいである。今日もいつもと同じようにロングの髪を後ろで束ね、白いワイシャツに、首に青いネックストラップの紐が見えている。

 

松屋のカレーはもちろん何度か食べたことがあるが、想像以上に辛く、秋口の涼しい日にも関わらず大汗をかいてしまったことがある。それもそのはず、松屋のカレーは、14種類ものスパイスを使った妥協を辞さないこだわりの一品である。そんな刺激的なカレーを彼女は涼しい顔で、黙々と食べ進めている。

 

そう、最近松屋に通い詰めている理由は彼女にある。彼女もまた松屋フリークのようで、オフィス近くの道を歩いているところを見かけることはあるが、それ以外では松屋で見ることが多い。

 

彼女のことは、松屋が好きであろうこと以外、何も知らない。いつもパンツスーツを着ているが、どんな職種かも知らない。ある日僕が松屋で昼飯を食べていると隣に座ってきて、松屋に常設している紅生姜のように頬を上気させながらカレーを食べる彼女の横顔に一目惚れしたのがすべての始まりだ。それ以来、松屋に来たときは自然と彼女の姿を探すようになり、松屋に来る頻度も増え、今に至る。

 

少しみとれて呆けていると、先ほどのサラリーマンに先を越され、よりにもよって彼女の隣を座られてしまった。サラリーマンの汗ばんだ背中を恨めしそうに観ながら、仕方なく彼女が座る窓側の席の後ろ側にあるテーブル席に座った。

 

座って待っていると、店内の電光掲示板に自分の注文番号が表示された。そう、松屋は完全セルフシステムで、店員の負担が少ない分高い回転率を実現させている。しかしまだ始まって間もないシステムのため広く認知されておらず、いまだにカウンターに食券を出しに行ってしまう客も多い。

 

券を手に席を立ち、振り返ると目の前に、いつの間にかカレーを食べ終わって食器を下げるためにトレイを持って立っている彼女と目が合ってしまった。

 

驚いた勢いで思わず「どうも。」と会釈をしてしまった。何が、どうも、だ。彼女とは話したこともない。額に冷や汗が浮かび、脳がオーバーヒートしそうになる。

 

しかし彼女は最初こそ怪訝そうな顔で見ていたが、次の瞬間には笑顔を浮かべ、「どうも。」と返してくれた。そして、「よくお見かけしますよね。」と言葉を続けた。

 

事態が整理できず突っ立っていると、食器をカウンターに下げ終わった彼女がまた目の前に来て、「お先に失礼しますね。」と一礼し、ジャケットを脇に抱えて店の外に出ていった。

 

しびれを切らした店員がカウンターから、「125番でお待ちのお客様、いらっしゃいますか?」と、声を上げて呼び掛けている。そうだ、僕の番号だ。券を店員に渡し、領収書となる半券を受け取り、通常より牛肉が多く乗っている牛めしとセットの味噌汁が乗ったトレイを持つ。

 

座って一息つき、またそこから深呼吸をして、落ち着くまで待った。呼吸をするのを忘れていたのか、酸素が足りず、頭にモヤがかかっているかのような感覚に陥っている。

 

そうだ、さっき彼女と初めて言葉を交わした。挨拶だけではあるが、確かに交わした。初めて話した喜びを噛み締めながら、何度も会話をなぞった。

 

彼女、よくお見かけしますと、そう言っていたな。間違いなく彼女は、僕を認識してくれていたのだ。当たり前といえば当たり前だ。僕だって最寄り駅の利用者の何人かは、顔に覚えがある。そんな些細なことかもしれないが、僕にとっては至上の幸福だ。

 

初めて見た彼女の笑顔と、落ち着いて透き通った声に、思っていたよりも柔和な印象を受けた。それでも僕の彼女に対する想いは、一層アタマの大盛りになった。

 

色々と思案していたせいで、気がつけばセットの味噌汁の湯気は消え、昼休みの時間も残り少なくなっていた。慌てて牛丼を掻き込み、味の薄い松屋の味噌汁で胃に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 


おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに最近のお気に入りの松屋メニューは、ブラウンソースのハンバーグ定食です。マジでうまい。ビッグボーイよりうまい。木更津店だとデフォで定食のご飯おかわり自由(これヤバイですよね)なので、無限にメシを食える気がする。まあ気がするだけですけど。

 


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ブラウンソースハンバーグ定食

 

あと、松屋の味噌汁の味が薄いのはマジですよ。あるあるですよね。

 

以上。松屋サイコー!